円やかに生きる ー谷保暮らしー

東京都のど真ん中国立市谷保地域にて、畑を耕して、地域に関わる暮らしを書き記すブログ。そのほか天真体道、身体、詩、関わることをツラツラと。

腰パンについて

腰パンというものが昔流行っていたように思う。今もしている人はいるのかもしれない。

昔は格好いいとは全く思わなかった。
もちろん今も思っていない。
だってパンツ見えてるじゃない。

でも、最近になって思うところがある。
腰パンって、実はとっても理にかなっているんじゃないかと。

というのも、
僕はとてもキチッとした服が苦手で、首までボタン締めたりとかスーツとかピチッとしたズボンとかを着ていると大抵調子が悪くなる。
首こってきたりとか。なんか苦しくなったりとか。
だから、ベルトを締めるということも強くはしない。軽めでホントに落ちない程度 。
ピチッとした服も慣れるよ、なんて兄はよく言ってたけど、やっぱ疲れを感じるわけであんまりよくないんだなあ、と。
脱いだ時に楽になるって、そりゃ身体にいいわけないよね。

その点、腰パンはとっても楽なんじゃないかって。

もともと和服とかも帯の位置が前と後ろで角度がついていて下腹部の下に帯がくるようなイメージ、と思うのだけど(間違ってるかしら?)、お腹を圧迫させない構造なんだと思う。(重心が低いとかそういう話もあるのかしら)

その点に関して、腰パンもおんなじなんじゃないかなあと。
お腹を圧迫しないことが楽ということにもしかしたら気づいた人がいたのか。無意識にそう感じていたか。そんなこんなで腰パンが生まれたのではないだろうか。

と勝手な推察してみたけど、
腰パンはパンツのゴムが締め付けるから、50点。

ズボンもあるけど、パンツのほうが多分大事なんだ。

和装はその点抜け目がない。
ふんどしなんて素晴らしいものがあるじゃあないか。

ああ、ふんどし穿きたくなってきた。